ヘルシー半生

ノニウスのしげのです。

少数民族

「まんが パレスチナ問題」という本を読んだ。

まんが パレスチナ問題 (講談社現代新書)


中身はまんがではないけど…

学校の課題でパレスチナのことをやろうと思って、けど基礎知識が全然ないなと思って読むことにしました。

ノアの箱船(大洪水でダメな人類を洗い流して、生き物各種ひとつがいずつだけ船に乗せて生き延びさせるという神話)から、911のテロ以降現在までの話。

どこまで言い伝えでどこから事実かもわからないけど、ノアの箱船の大昔から「今」まで、ちゃんとすべてが繋がっていて、あのあたりの地域の人々はすごく大きな時間の流れの中に(/を意識して)生きているんだなあと思いました。

日本はもしかしたら、第二次世界大戦あたりで「大きな時間の流れ」がブチっと切れてしまったんじゃないかな?と思いました。

戦後だけが現実の出来事で、それより前は物語のよう。
(戦中生きてた人や、戦後すぐ生まれた人はどんな感覚なんだろう)

大きな大きな時間の流れの中でなら、テロが起きるのも戦争が起きるのも不思議なことじゃない。
それらを非現実だと思うのは、ブチ切られた短い時間の中に生きてるからじゃないのかな?と思います。

本当に「大きな時間の流れ」の中では、今日本はアメリカの植民地(に近い)と言ってもいいんじゃないかと思いました。
自治はしているから植民地ではないけど、戦争に負けたから従わされるようになった。100年後の教科書にはそういうニュアンスで載りそう。
何も思わずに、洋服を着ている自分に一瞬ぞっとしました。(洋服はたぶん戦争に負けたから着てるわけじゃないけど)(まるですべての自由の中から、選んでこの服を着ていると思っていた)
私はそういう歴史の大きな流れの中の民族だったんだ。

本で読んだパレスチナ周辺の変遷は、流れにすごくはっきり因果関係があって、全部つながっていた。(一冊本読んだだけでまだわからないけど…)
日本の現代人(?)の多くは、「果」のほうの中にすっぽり入ってしまって、「因」のほうのことをすっかり忘れているのかもしれない。
「短い時間」の中で、平和に暮らしている。

自分の生活に一生懸命で、もっともっと大きな流れのことを忘れてしまっている。
(バイトの仕事中は世界の戦争のことなど忘れてしまう、自分)

自分の外側に、もっともっと大きな流れがあることを忘れないようにしたい。
長い歴史の中で生きている「民族」なんだっていうことをよく覚えておこう。