ヘルシー半生

しげのです。

下北沢

今日は激さむですが、体調はすっかり回復していて、昨日は元気にノニ練でした。

ノニウスは一応町田のバンドですが、諸々の事情により今年から練習地が下北沢に変わりました。

下北沢といえば、かつて私は「下北で死にたい」と言っていたほどの下北好きで(古着とかカフェとかおしゃれな感じにではなく、たぶん街の雰囲気的に)、一瞬下北でバイトもしていたし、よく通っていました。
下北のライブハウス、ガレージとかQueとかにも一時よくライブ観に行っていた。

その後引っ越しを繰り返し、すっかり下北とは縁遠くなっていたけれど、2018年にして再び下北に通うようになるとは…


下北といえば、かつてはERAというライブハウスにもよく出ていたけど、思えばバンド「日本」(にっぽん、ノニウスの前身バンド)に出会ったのもERAだった。その日のライブは、現ノニウスベースのカーチン氏が日本に加入した初ライブだったのだ。それが3年少し前。

あれから無限の時間が過ぎたような気がする。
家は3回くらい変わって、バイトは5個くらい変わって、ソロはやめて、バンドでギターを弾くようになるなんて!

何を隠そう私は日本というバンドが大好きだったのだ。ライブは何回観たでしょう?お客さんはあんまりいなかった。日本の各地でのライブを、私だけが知っているのだ。もったいない。
(むろん町田のバンド仲間のみなさんたちは、私が知る前の日本をたくさん観ていたのだろう。今でもそういう人たちとつながっていることはとてもうれしい)

日本をたくさん観れていてよかった。だから、ノニウスで私はその「続き」ができるんだ。ノニウスは日本とは違うバンドだけど、それでも、うなぎの秘伝のタレをつぎ足していくように、続いてつながっているのだと私は思う。日本を知らなかった人にも、そこに秘伝のタレをつぎ足した新しいノニウスを観てもらえるのがうれしい。


時が経って、いろんなことが変わったけど、すべてはうなぎのタレだったんだ。もう会わない友達も、人も、昔の家や街も、私の経験は、うなぎの秘伝のタレのようにつぎ足しつぎ足されて新しくなっていく。今にはすべてが詰まっている。
「たとえ誰かに若さで決められるとしても17の時より今の私の方が好き断然好き」
これは友達の斉藤めいさんの曲だけど、私は17のときの自分も好きだけど今の私はもっと好き。時間は積み重なって、経験は増えていく一方だから、時が経てば経つほどいいに決まってる。

忘れたような過去のことも、全部詰め込んで演奏をしたいと思う。たとえばAIにたっくさんの音楽や小説や言葉やコードをインプットさせれば、曲を作ったり演奏したりもできるかも(アドリブも弾けるかも)しれない。けど引っ越しやバイトを転々とした経験はインプットできないだろう!見てきた部屋や街、そして転々としたバイトに対する懺悔を。
24年間「生活」してきた人間の自分は、演奏の細部にそういうことも込められるんだと思う。

年を取ると身体は全て衰えていくけれど、唯一「経験」や「学習」は衰えないという。(バイトでサービス介助士セミナーという体の不自由な人のお手伝いの仕方を勉強する会に出たときに教わった)
ひとつの身体で生きていくというのはすごいことだ。