ヘルシー半生

ノニウスのしげのです。

オールドファッション

2年と10ヶ月ぶりに新しい曲を作れました。

この2年10ヶ月はというと、ソロ活動を終焉させ、ノニウスに加入し、今までとはまったく違った音楽との向き合い方を知り、どんどん自由な心で演奏できるようになっていった年月でした。

もはやソロの私を知る人より、ノニウスとしての私を知る人のほうが多いと思うし、それは私にとってとても嬉しいことです。

ノニウスに入って、私はおそらく終わりのない音楽の道に入ってくることができた。ソロのころ唯一の原動力だった個人的な負の情念は、今ではオマケのようなもので(なくなったわけではない)、今の原動力は「もっとよくなりたい」ということに限ります。こんなに自由な心でライブができるとは知らなかった。

そういう音楽との向かい合い方がやっと板に付いてきたのか、ボツばっかり(自分審査で)だった曲づくりも、やっとGOサインを出せるものを作れるところまで来た。

その新しい曲の歌詞を書くつもりでブログを開きましたが、こう長く前置きをするとなんか恥ずかしいので、やっぱり書くのはやめます…
まだ告知されてませんが、9/3(月)に代々木でこれまた2年ぶりに弾き語りをやるので、そこで新しい曲もやります。

↑「オールドファッション」というのが新しい曲のタイトル。1月から書いていたので、見飽きるほどこのタイトルと対峙していた訳ですが、やっと曲が書けて安心した。一時はTKO(ノニウスもうひとりのGt.Vo.)の曲だけあればいいんじゃないかと思っていたけど、まだいけそうです。

今から見た過去と、未来から見た今のことを考えて書いた曲。(全然分からないかも)
うまくいけばノニウスでもできるはず。

まだまだ私は曲を書けるんだぜ!

見晴らし最高

昨日はエルトピートにて、エルトピート7周年イベントに出演しました。

2Daysのうち後ろから5番目をまかせていただきました。

演奏しているとき、こういう風に人と関われて幸せだなと思いました。
一個前のブログに書いたまさにその通り、これは私にできる唯一の人との関わり方だと思いました。

私はライブ後にあまり人とお喋りしたりできないし、子どもの頃から楽しいお話しの輪に入れないことが多いから、自分はどっかおかしいんじゃないかと思っていましたが、昨日は演奏しててこれでいいんだとストンと腑に落ちました。

私は他人と関係できないと思っていたけど、「なーんだこれ(ライブ)でちゃんと関係できているじゃないか」と思いました。

昔から「他愛もない話」をするのが非常に苦手で、得意?なのは真面目な話、人生についてとか、死刑制度についてとか(!)ばっかりでした。

けどきっと、自分にとって歌を歌うことやギターを弾くことはそういう「真面目な話」をするのと同じようなことで、だからそれは私にとても向いてるやり方なんだなと思いました。


イトーヨーカドーの踊り場のベンチで自分の昔のブログを読んでいました。(すぐ昔の自分が恥ずかしくなるので今までに3~4回ブログを引っ越してる)

前にソロでワンマンをやったときのブログを読んで、今ならもっといいワンマンができるからやりてーなーと思ったら再来週にワンマンが決まっていた。

ノニウスは今のところびっくりするほど人気がある訳じゃないけど、それでも2年前に比べたらびっくりするほどライブを見に来てくれたり良いと言ってくれる人がいる。ワンマンのゲスト3名が早い段階でポンポンポーンと決まったのも、一緒に演奏してくれるほど(しかもけっこう遠い小田急相模原で)彼らが我々のことをよく思ってくれてるのだと思ってとてもうれしい。(本当はもっと交渉難を覚悟していたのであまりにスムーズに決まってずっこけた)

私はきっと絶対2年前のソロのときよりいいし、きっとみんなもそう思っているんじゃないか…と思う。

今は全然障害物がなくてすいすい進める。かつてのような私の精神的なドラマはライブ自体にはない。それは見世物のレースとしては面白くないのかもしれないけど、走る私としては見晴らしは最高で今のほうが気持ちいい。それにノニウスの演奏を見てもらえれば、きっと同じ見晴らし最高の爽快な景色を味わってもらえると思う。
私は私を見せるんじゃなくて、そういう景色をぜひとも共に見てほしいと思う。

孤独で最高

他人個人にはさして興味ないのに、その集合体であるはずの「世界」の平和のことを考え、そして歴史を勉強している。

そのことを時々不思議に思う。

すれ違うひとりひとりのことはどうでもいいのに、どうして世界を平和にしたいと思って、それから世の中の人に自分の音楽を聴いてほしいなんて思うんだろう。

どこかの国や地域でつらい思いをしている誰かは、きっと私とは気が合わないし、うまくお話しもできないし、私とは違ってイケてて友達がいっぱいいるかもしれない。

それなのに世界情勢を理解したくて勉強をする。あっと驚く歌を書こうとする。

自分の作る歌に関して、「敵(相手)がデカすぎる」と言われたことがある。
等身大のなんとかっていうのは嫌いだし、私のよろこびや悲しみに歌にするほどの価値はない。というか私にはよろこびや悲しみがない。幸せだけど、すべての感情は「幸せ」圏内におさまっていて飛び出してくることはない。悟り開き済。

だから(?)私はギターボーカルに向いてるなと時々思う。ソロの「シンガーソングライター」として行き詰まったのは、そういう、自分の感情を公開することが難しくなったからだと思う。今の形態なら、もっとスポーツマンになれる。こういう道があって本当によかった。おかげで音楽をやれている。これなら、上達をめざしつづける限り終わりが来ない。

楽しくお話しなんてできないであろう他人の集合体に向けて、勉強をして、演奏をする。内に内に向かいながら、外に向かっている。きっとこれが自分随一の、世界との関わり方かもしれない…

25th

販売業ですがGWは年4番目の繁忙期。(たぶん)
年末年始、お盆、年度末、の次。
だいぶ久しぶりに6時前に起きて早番をしてきました。いつもは11時に起きるのに…

先日25歳になりました。
気を遣って祝われたりしないように、ツイッターフェイスブックには誕生日を書かない。ビビリ!

お祝いされたり、例えばありがとうと言われたりすると、「や"め"ろ…俺は祝われるような、感謝されるような人間ではない…」と悪い妖怪のような気持ちになってしまう。

なかなかひどい25歳だ。

自分とこつこつ相談しながら、自分自身には誇りを持ちながら生きてきたつもりだけど、人に対しては「口を開けば嫌われてしまう」と心のどこかで思っている。

ここ数年は、人との関わりをかなり避けて生きていたように思う。できる限りセルフレジを使いたいし、荷物はPUDO(駅とかにある宅配ロッカー)で受け取るし、そういうんじゃなくても人との接触から可能な限り逃げてきた。時々、なんて人に失礼なんだ!お前は何様かよ!と思う。

いろんな荒波を乗り越えて生きてきて、年齢よりも大人なつもりでいたけど、そういうところはほんとに子どもだな~と思う。

25歳という響きはすごくオトナに感じる。セクシーだ。(気のせいか?)

本当は100人友達がほしいし全人類と乾杯したい、そういう気持ちで子どものころから生きてきた。今年は人とちゃんと交流して生きていきたい。
まずは「得意」な、歌とギターで!

下北沢

今日は激さむですが、体調はすっかり回復していて、昨日は元気にノニ練でした。

ノニウスは一応町田のバンドですが、諸々の事情により今年から練習地が下北沢に変わりました。

下北沢といえば、かつて私は「下北で死にたい」と言っていたほどの下北好きで(古着とかカフェとかおしゃれな感じにではなく、たぶん街の雰囲気的に)、一瞬下北でバイトもしていたし、よく通っていました。
下北のライブハウス、ガレージとかQueとかにも一時よくライブ観に行っていた。

その後引っ越しを繰り返し、すっかり下北とは縁遠くなっていたけれど、2018年にして再び下北に通うようになるとは…


下北といえば、かつてはERAというライブハウスにもよく出ていたけど、思えばバンド「日本」(にっぽん、ノニウスの前身バンド)に出会ったのもERAだった。その日のライブは、現ノニウスベースのカーチン氏が日本に加入した初ライブだったのだ。それが3年少し前。

あれから無限の時間が過ぎたような気がする。
家は3回くらい変わって、バイトは5個くらい変わって、ソロはやめて、バンドでギターを弾くようになるなんて!

何を隠そう私は日本というバンドが大好きだったのだ。ライブは何回観たでしょう?お客さんはあんまりいなかった。日本の各地でのライブを、私だけが知っているのだ。もったいない。
(むろん町田のバンド仲間のみなさんたちは、私が知る前の日本をたくさん観ていたのだろう。今でもそういう人たちとつながっていることはとてもうれしい)

日本をたくさん観れていてよかった。だから、ノニウスで私はその「続き」ができるんだ。ノニウスは日本とは違うバンドだけど、それでも、うなぎの秘伝のタレをつぎ足していくように、続いてつながっているのだと私は思う。日本を知らなかった人にも、そこに秘伝のタレをつぎ足した新しいノニウスを観てもらえるのがうれしい。


時が経って、いろんなことが変わったけど、すべてはうなぎのタレだったんだ。もう会わない友達も、人も、昔の家や街も、私の経験は、うなぎの秘伝のタレのようにつぎ足しつぎ足されて新しくなっていく。今にはすべてが詰まっている。
「たとえ誰かに若さで決められるとしても17の時より今の私の方が好き断然好き」
これは友達の斉藤めいさんの曲だけど、私は17のときの自分も好きだけど今の私はもっと好き。時間は積み重なって、経験は増えていく一方だから、時が経てば経つほどいいに決まってる。

忘れたような過去のことも、全部詰め込んで演奏をしたいと思う。たとえばAIにたっくさんの音楽や小説や言葉やコードをインプットさせれば、曲を作ったり演奏したりもできるかも(アドリブも弾けるかも)しれない。けど引っ越しやバイトを転々とした経験はインプットできないだろう!見てきた部屋や街、そして転々としたバイトに対する懺悔を。
24年間「生活」してきた人間の自分は、演奏の細部にそういうことも込められるんだと思う。

年を取ると身体は全て衰えていくけれど、唯一「経験」や「学習」は衰えないという。(バイトでサービス介助士セミナーという体の不自由な人のお手伝いの仕方を勉強する会に出たときに教わった)
ひとつの身体で生きていくというのはすごいことだ。

布団

10日間くらい、熱を出して寝込んでいました。
昨日今日でだいぶ回復して、今はお茶漬けやうどんをむしゃむしゃ食べれるようになりました。
休んでいたアルバイトも来週から復帰する予定で、復活も程近いです(たぶん)。

熱がある間はほとんど布団の中で、検査やら何やらで病院には徒歩で行っていましたが、帰ってきたら布団で寝る、薬を飲んで布団で寝る、目が覚めたら布団でゲームして、疲れたらまた布団で寝るという日々でした。布団が嫌いになりそうです。

吐き気もあったので食欲があまりなく、ヨーグルト、飲むヨーグルト、ウイダー的なゼリーを主食として、たまに調子のいいときだけおじややうどんを食べました。

少ない食事と、ひたすら布団で寝る日々は、まるで修行のようでした。

熱が下がらない間、やはり死を意識していましたが、自分は今まで、世の中に対して偉そうにしすぎてたんじゃないかとか、あぐらをかいていたんじゃないかと反省してきました。

家に引きこもっている間、外の世界とほとんど関わらず、私が死んでも誰も気づかないんじゃないか?という気持ちがしました。今までは少しそういうことをないがしろにしていたけれど、私はそれがすごく寂しいんじゃないかと思いました。私が生きていることを、私が死んだことを、私という性格を、人間性を、私はもっと他人に知ってほしいんじゃないかと、今まで他者を自ら突き放すようにしてきたことを寂しく思いました。

寝込んでいる間は演奏することを考えていました。
歌を歌うことは特別で、魔法(!)です。キラキラフワフワした魔法ではなく、空気を震わすことが魔法だと思います。空気を震わす、空間を切り裂いて、空気を変えることができるというのが、私が音楽を好きな理由のひとつです。
自分たちの前回のライブ録音を聞いて、絶対にまた演奏したい、と思いました。まだまだよくしたいところがいっぱいあるからまだ死にたくない、死後、私の実力はこんなもんだったんだって思われたくないと思いました。

死ぬことはたぶんなく、晴れて元気を取り戻してきました。休みすぎて、社会(バイト)にちゃんと復活できるかすこぶる不安ですが、ともかく元気になれそうでよかったです。

寝込んでいる間聞いていて、頭を巡る長澤知之の曲↓


【NEXUS LOVERS #5 長澤知之】Vol.9 どうせ陽炎


ああ俺ってつくづく楽しくねぇ
楽しくねぇから友達もいねぇ
近くに穴があったら入りてぇ
そこでしばらく自分を悔やみてぇ


布団の中で十分悔やみました。
元気に復活したら、これからは、もっと一生懸命、そしてもう少しやわらかに生きたいです。
ライブは2/9に代々木で予定しています。
きっと元気に出演して演奏できることが心底嬉しいです。

ひとりごと抱負

元旦に新年の抱負を語るなんてなんてつまらない女に成り下がったんだろうと思ったけれど(!)、いろいろ思いついたので書きます。

去年は、まず大学に入学して、それからノニウスの演奏も固まってきて活動も本格化して、今までの人生で最も忙しい一年だったかなあと思います。

バイトも、学校も、バンドも、行った「その場」をがんばるしかないというような日々でした。ただ、それでもなんとかしがみついてやってこれました。単位も取れたし、上達もしたし、あんまり休んだりせず働けた。勉強も練習ももっと落ち着いてできたらよかったけど、なんとか隙間なくやれました。

今年の目標は、毎年変わらず、まずギターと歌を上手になること!5年連続くらいでそういう目標を持てて幸せだ。今のところ毎年更新できている。ぜひ一生上達し続けて、去年の方が上手かったっていう年が一度もないようにできたらいい。

大学に入ってよかったことのひとつが、とにかく本をいっぱい読むようになったこと。新書や論文を読むなんて自分の人生の予定になかった。難しい文章も慣れて読めるようになってきて、新書も論文も本当におもしろい。それだけでも人生の大収穫だった。大学生一年目にして、真実はいつも学問にあるんだぜ!と思っている。一方通行の「情報」とは違うんだ。

なので今年は本を読むことも然り、一生懸命勉強したい。あと5~6年くらい通うかなあと思うんだけどもう卒論を書く練習をしてて(!、歴史学科で自分の研究論文を書くのが最大の目的という感じの学科だから)、私は入学する前から決めていた、とにかく近現代の戦争のことをやりたいんだあ。自分のテーマを研究して論文を書くのが目的なので、全時代を網羅しているわけではなくて、戦国武将のこととか江戸時代のこととか言われてもあんまりわからないのであしからず…

あと全然関係ない目標が脱・化粧(!)をしようかなあと思っていて、もともと大体BBクリーム(液体ファンデーションみたいなの)とチーク(いわゆる頬紅)のみを使用していたんだけどBBクリームを洗い落とさなくていいらしいCCクリームというやつに変えようとしていてそしたらほとんど化粧してないやんけ!という感じです。
もともとスーパースペシャルな乾燥肌で二十四時間三百六十五日皮膚とたたかっている。かゆみの研究をがんばっておられる研究者に年2万円くらい寄付したい。

今年の年末を迎える頃にはまた同じ人とは思えない自分に変わっているんだろうな(たぶん)。流動的、流動的、私は常に生まれ変わって死んでいる。何も怖くない人生だ。