ヘルシー半生

しげのです。

ノニウス脱退について

先日ノニウスのHPなどでお知らせした通り、今決まっているライブ(1/19越谷モジョモジャまで)をもってノニウスを脱退することになりました。

10/25のレコ発にもたくさんのお客さんが来てくれカッコいい出演者さんが出てくれ、すごくよいイベントになったなーと思っていて、バンドがすごく順調に動いている(と思っていた)このタイミングで活動を終わらせることになるとは自分でも全然予想していませんでした。

バンドがこのような状況になったのは、そのレコ発以降、メンバーで話をする中で色々な考え方の違いが無視できなくなって、それを話し合いを重ねても解決することができなかったからでした。

私と金子が脱退という形になったのは、話し合いの過程で「一緒に活動を続けるのは難しい」と感じたのが私と金子であり、ベースのカーチンとドラムの中沢さんはノニウスを続ける意向だったからです。

ノニウスはとてもよいバンドだと思っているし、この4人での活動を終わらせてしまうのはとてももったいなく、悔しい気持ちもあります。

けれど脱退することに決めたのは、今の状態で活動を続けていけば、私がライブをする上で一番大事にしている「客席や自分自身や音楽に誠実に向き合う」ということができなくなってしまうと思ったからです。

そうしたら、きっと私の歌や演奏はむなしいものになってしまうし、バンドの演奏も悪くなっていってしまうと思いました。

ノニウスを見知ってくれている人たちがこのお知らせをどのように感じているのか、まだあまり人に会っていないのでわからないのですが、お知らせ前に話した何人かには「もったいない」「まだこんなもんで終わってほしくない」と言ってもらえてとてもありがたく、嬉しく、申し訳ないというか心苦しい気持ちでした。

脱退のお知らせ後初のライブだったおとといの「We are "NEW POP STANDARD"」という企画では、とても悲しい気持ちのライブをしてしまいました。

とても楽しく、自由な気持ちで今までライブをしていたように思いますが、脱退を決めてからは悲しいような気持ちが自分の中に滞在していて、自分にはこんな人間らしい感情がまだあったのかと思いました。

脱退後の活動については、また準備が整い次第お知らせしようと思っていますが、また1からがんばっていこうと思っています。このバンドをやめたら私は一生人気が出ないんじゃないか…という不安な気持ちも今はありますが、それはまた音楽を作っていけば払拭していけるんじゃないかと思っています。

ひとまず、ノニウスで残り5本のライブが決まっています。今まで(脱退が決まる前)と同じような幸せなライブはできないかもしれませんが、今の自分達でできる最後のライブを一生懸命やっていきたいと思います。

11/20(火)新宿WildSideTOKYO
12/6(木)高円寺ShowBoat
12/9(日)二子玉川JEMINI
12/23(日)小田急相模原エルトピート
1/19(土)越谷MOJO:MOJA

来月はソロのライブもやります。↓
12/12(水)代々木バーバラ
金子との共同企画『音心あれば歌心』vol.1
12/14(金)高円寺喜楽
(斉藤めいさんに呼んでもらいました)


まだまだ修行の身ですが、よい音楽を、よい歌を歌っていけたらと思います。

オールドファッション(歌詞)

夢のような未来は今ここ
空に飛ばした願いなら
大気圏で燃え尽きたって
この間のニュースで
言っていたでしょ

あの日君がくれた手紙は
予期せぬ風に拐われて
行方知れずのままさ
僕らの間に流れた月日を
誰も知る由もない

桜の咲く頃 四月の雨音
肌に突き刺さるのは君の声

夢のような未来の代わりに
鞄に詰めたもの君にも見せたい
宛先不明のまま郵便ポストに
投げ続けようマイソング

カラスの鳴く頃 八月のカレンダー
沈む太陽に君の影

息の白む頃 二月の風の中
遠ざかる日々は胸に抱え

夢のような未来は今ここ

オールドファッション

2年と10ヶ月ぶりに新しい曲を作れました。

この2年10ヶ月はというと、ソロ活動を終焉させ、ノニウスに加入し、今までとはまったく違った音楽との向き合い方を知り、どんどん自由な心で演奏できるようになっていった年月でした。

もはやソロの私を知る人より、ノニウスとしての私を知る人のほうが多いと思うし、それは私にとってとても嬉しいことです。

ノニウスに入って、私はおそらく終わりのない音楽の道に入ってくることができた。ソロのころ唯一の原動力だった個人的な負の情念は、今ではオマケのようなもので(なくなったわけではない)、今の原動力は「もっとよくなりたい」ということに限ります。こんなに自由な心でライブができるとは知らなかった。

そういう音楽との向かい合い方がやっと板に付いてきたのか、ボツばっかり(自分審査で)だった曲づくりも、やっとGOサインを出せるものを作れるところまで来た。

その新しい曲の歌詞を書くつもりでブログを開きましたが、こう長く前置きをするとなんか恥ずかしいので、やっぱり書くのはやめます…
まだ告知されてませんが、9/3(月)に代々木でこれまた2年ぶりに弾き語りをやるので、そこで新しい曲もやります。

↑「オールドファッション」というのが新しい曲のタイトル。1月から書いていたので、見飽きるほどこのタイトルと対峙していた訳ですが、やっと曲が書けて安心した。一時はTKO(ノニウスもうひとりのGt.Vo.)の曲だけあればいいんじゃないかと思っていたけど、まだいけそうです。

今から見た過去と、未来から見た今のことを考えて書いた曲。(全然分からないかも)
うまくいけばノニウスでもできるはず。

まだまだ私は曲を書けるんだぜ!

見晴らし最高

昨日はエルトピートにて、エルトピート7周年イベントに出演しました。

2Daysのうち後ろから5番目をまかせていただきました。

演奏しているとき、こういう風に人と関われて幸せだなと思いました。
一個前のブログに書いたまさにその通り、これは私にできる唯一の人との関わり方だと思いました。

私はライブ後にあまり人とお喋りしたりできないし、子どもの頃から楽しいお話しの輪に入れないことが多いから、自分はどっかおかしいんじゃないかと思っていましたが、昨日は演奏しててこれでいいんだとストンと腑に落ちました。

私は他人と関係できないと思っていたけど、「なーんだこれ(ライブ)でちゃんと関係できているじゃないか」と思いました。

昔から「他愛もない話」をするのが非常に苦手で、得意?なのは真面目な話、人生についてとか、死刑制度についてとか(!)ばっかりでした。

けどきっと、自分にとって歌を歌うことやギターを弾くことはそういう「真面目な話」をするのと同じようなことで、だからそれは私にとても向いてるやり方なんだなと思いました。


イトーヨーカドーの踊り場のベンチで自分の昔のブログを読んでいました。(すぐ昔の自分が恥ずかしくなるので今までに3~4回ブログを引っ越してる)

前にソロでワンマンをやったときのブログを読んで、今ならもっといいワンマンができるからやりてーなーと思ったら再来週にワンマンが決まっていた。

ノニウスは今のところびっくりするほど人気がある訳じゃないけど、それでも2年前に比べたらびっくりするほどライブを見に来てくれたり良いと言ってくれる人がいる。ワンマンのゲスト3名が早い段階でポンポンポーンと決まったのも、一緒に演奏してくれるほど(しかもけっこう遠い小田急相模原で)彼らが我々のことをよく思ってくれてるのだと思ってとてもうれしい。(本当はもっと交渉難を覚悟していたのであまりにスムーズに決まってずっこけた)

私はきっと絶対2年前のソロのときよりいいし、きっとみんなもそう思っているんじゃないか…と思う。

今は全然障害物がなくてすいすい進める。かつてのような私の精神的なドラマはライブ自体にはない。それは見世物のレースとしては面白くないのかもしれないけど、走る私としては見晴らしは最高で今のほうが気持ちいい。それにノニウスの演奏を見てもらえれば、きっと同じ見晴らし最高の爽快な景色を味わってもらえると思う。
私は私を見せるんじゃなくて、そういう景色をぜひとも共に見てほしいと思う。

孤独で最高

他人個人にはさして興味ないのに、その集合体であるはずの「世界」の平和のことを考え、そして歴史を勉強している。

そのことを時々不思議に思う。

すれ違うひとりひとりのことはどうでもいいのに、どうして世界を平和にしたいと思って、それから世の中の人に自分の音楽を聴いてほしいなんて思うんだろう。

どこかの国や地域でつらい思いをしている誰かは、きっと私とは気が合わないし、うまくお話しもできないし、私とは違ってイケてて友達がいっぱいいるかもしれない。

それなのに世界情勢を理解したくて勉強をする。あっと驚く歌を書こうとする。

自分の作る歌に関して、「敵(相手)がデカすぎる」と言われたことがある。
等身大のなんとかっていうのは嫌いだし、私のよろこびや悲しみに歌にするほどの価値はない。というか私にはよろこびや悲しみがない。幸せだけど、すべての感情は「幸せ」圏内におさまっていて飛び出してくることはない。悟り開き済。

だから(?)私はギターボーカルに向いてるなと時々思う。ソロの「シンガーソングライター」として行き詰まったのは、そういう、自分の感情を公開することが難しくなったからだと思う。今の形態なら、もっとスポーツマンになれる。こういう道があって本当によかった。おかげで音楽をやれている。これなら、上達をめざしつづける限り終わりが来ない。

楽しくお話しなんてできないであろう他人の集合体に向けて、勉強をして、演奏をする。内に内に向かいながら、外に向かっている。きっとこれが自分随一の、世界との関わり方かもしれない…

25th

販売業ですがGWは年4番目の繁忙期。(たぶん)
年末年始、お盆、年度末、の次。
だいぶ久しぶりに6時前に起きて早番をしてきました。いつもは11時に起きるのに…

先日25歳になりました。
気を遣って祝われたりしないように、ツイッターフェイスブックには誕生日を書かない。ビビリ!

お祝いされたり、例えばありがとうと言われたりすると、「や"め"ろ…俺は祝われるような、感謝されるような人間ではない…」と悪い妖怪のような気持ちになってしまう。

なかなかひどい25歳だ。

自分とこつこつ相談しながら、自分自身には誇りを持ちながら生きてきたつもりだけど、人に対しては「口を開けば嫌われてしまう」と心のどこかで思っている。

ここ数年は、人との関わりをかなり避けて生きていたように思う。できる限りセルフレジを使いたいし、荷物はPUDO(駅とかにある宅配ロッカー)で受け取るし、そういうんじゃなくても人との接触から可能な限り逃げてきた。時々、なんて人に失礼なんだ!お前は何様かよ!と思う。

いろんな荒波を乗り越えて生きてきて、年齢よりも大人なつもりでいたけど、そういうところはほんとに子どもだな~と思う。

25歳という響きはすごくオトナに感じる。セクシーだ。(気のせいか?)

本当は100人友達がほしいし全人類と乾杯したい、そういう気持ちで子どものころから生きてきた。今年は人とちゃんと交流して生きていきたい。
まずは「得意」な、歌とギターで!

下北沢

今日は激さむですが、体調はすっかり回復していて、昨日は元気にノニ練でした。

ノニウスは一応町田のバンドですが、諸々の事情により今年から練習地が下北沢に変わりました。

下北沢といえば、かつて私は「下北で死にたい」と言っていたほどの下北好きで(古着とかカフェとかおしゃれな感じにではなく、たぶん街の雰囲気的に)、一瞬下北でバイトもしていたし、よく通っていました。
下北のライブハウス、ガレージとかQueとかにも一時よくライブ観に行っていた。

その後引っ越しを繰り返し、すっかり下北とは縁遠くなっていたけれど、2018年にして再び下北に通うようになるとは…


下北といえば、かつてはERAというライブハウスにもよく出ていたけど、思えばバンド「日本」(にっぽん、ノニウスの前身バンド)に出会ったのもERAだった。その日のライブは、現ノニウスベースのカーチン氏が日本に加入した初ライブだったのだ。それが3年少し前。

あれから無限の時間が過ぎたような気がする。
家は3回くらい変わって、バイトは5個くらい変わって、ソロはやめて、バンドでギターを弾くようになるなんて!

何を隠そう私は日本というバンドが大好きだったのだ。ライブは何回観たでしょう?お客さんはあんまりいなかった。日本の各地でのライブを、私だけが知っているのだ。もったいない。
(むろん町田のバンド仲間のみなさんたちは、私が知る前の日本をたくさん観ていたのだろう。今でもそういう人たちとつながっていることはとてもうれしい)

日本をたくさん観れていてよかった。だから、ノニウスで私はその「続き」ができるんだ。ノニウスは日本とは違うバンドだけど、それでも、うなぎの秘伝のタレをつぎ足していくように、続いてつながっているのだと私は思う。日本を知らなかった人にも、そこに秘伝のタレをつぎ足した新しいノニウスを観てもらえるのがうれしい。


時が経って、いろんなことが変わったけど、すべてはうなぎのタレだったんだ。もう会わない友達も、人も、昔の家や街も、私の経験は、うなぎの秘伝のタレのようにつぎ足しつぎ足されて新しくなっていく。今にはすべてが詰まっている。
「たとえ誰かに若さで決められるとしても17の時より今の私の方が好き断然好き」
これは友達の斉藤めいさんの曲だけど、私は17のときの自分も好きだけど今の私はもっと好き。時間は積み重なって、経験は増えていく一方だから、時が経てば経つほどいいに決まってる。

忘れたような過去のことも、全部詰め込んで演奏をしたいと思う。たとえばAIにたっくさんの音楽や小説や言葉やコードをインプットさせれば、曲を作ったり演奏したりもできるかも(アドリブも弾けるかも)しれない。けど引っ越しやバイトを転々とした経験はインプットできないだろう!見てきた部屋や街、そして転々としたバイトに対する懺悔を。
24年間「生活」してきた人間の自分は、演奏の細部にそういうことも込められるんだと思う。

年を取ると身体は全て衰えていくけれど、唯一「経験」や「学習」は衰えないという。(バイトでサービス介助士セミナーという体の不自由な人のお手伝いの仕方を勉強する会に出たときに教わった)
ひとつの身体で生きていくというのはすごいことだ。