ヘルシー半生

ノニウスのしげのです。

俺が泣くのは歌だけや

日々日々めまぐるしい。

主に追われているのは学校の課題と、バンドのCD制作の事務的作業で、日々のバイトの隙間をぬってやっている。

俗に言う(!)忙しいというやつだけど、全部誰にも頼まれちゃいない自分のことで、自分のことで忙しいというのは楽しくてちょっと笑える。

当面の目標は、バンドが黒字に傾いて、バイトの時間を3分の2くらいにできることかな!

今の生活にも160%満足しているけど、「社会情勢を斬る!」と息巻いて(?)開設した新しいブログをまったく更新できていないのと、本をなかなか読めないのが難点です。

身体がひとつでなんとか足りてるけど、心は身体についてこれないというか、心なんて持っていたらとてもじゃないけど追いつかない。
脳みそは持っているけど、心はもはや持っていっていない。心は曲の中にだけあればいいと思っている。私の心は曲の中にしかない。
生きている身体を一生懸命使って、何かを成し遂げたいと思っている。

勉強だけが友達さ

こんなに交遊関係が狭い(ないと言っても過言ではない)現代人はどのくらいいるんだろう。

知らないだけで、意外といっぱいいるのかもしれない。そういう人たちと、バンドの音楽を通していつか出会いたいなとか思う。

今年大学に入って、よく勉強している。授業は週に一日しかないけど。
明日はハロウィンで授業の日だから、仮装した人とかいたらどうしよう。

この間ブログをもう1個作った。
サウンドマインド、サウンドボディ

勉強していて考えていることとか、他に世の中のことで考えていることを書いてみたいと思った。
まだ本文は何も書けてないけど、一生懸命考えて書きたい。

24歳にして一生懸命勉強できていてとてもうれしい。
電車の中でテキストを読んだりしていると高校のときのことを思い出す。

私は高校ですごく劣等生で、全然勉強ができなくて、苦しい3年間だった。
どのくらいできなかったかというと、評定平均という通知票(5段階)の平均値がたしか2.4とか(体育と音楽が4で、あとは2だったような…)で、テストの点は1桁~30点台が主で、授業で先生がランダムにみんなを当てていくときはだいたい簡単な問題のときに当てられて、高2の終わりに入った塾で「家から通える距離に入れる大学がありません」と言われるくらいにはできなかったんだ!

中学までは勉強できるほうだったけど、身分不相応な高校にうっかり受かってしまって授業についていけないという、きっとよくあるパターンの挫折なんだけど、自分としては一生懸命やっていたし、特に部活をやめた高2の秋からは学校のあと毎日マックとか喫茶店に行って夜10時まで(高校生だから)勉強したりしてたのにそれ(↑上記のありさま)だったから、私は「報われない努力もある」&「報われなくちゃ嫌な努力はしないほうがいい」ということを学んだのでした。

それでも自分で受験勉強がんばって第一志望の大学には受かって(先生は「マーチに受からなかったら受験は失敗」と言ってたので私は「失敗」なんだけど!)、まあその大学はまた一年で辞めちゃうんだけど、今は幸せに生きている。

今年新しく入った大学で勉強楽しい~と喜びを嚙みしめながらいっぱい勉強できていて、十二分にあの頃の恨み(!)を晴らせている。私はやっぱり勉強が好きだったんだ!どうだみたことか!

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少数民族

「まんが パレスチナ問題」という本を読んだ。

まんが パレスチナ問題 (講談社現代新書)


中身はまんがではないけど…

学校の課題でパレスチナのことをやろうと思って、けど基礎知識が全然ないなと思って読むことにしました。

ノアの箱船(大洪水でダメな人類を洗い流して、生き物各種ひとつがいずつだけ船に乗せて生き延びさせるという神話)から、911のテロ以降現在までの話。

どこまで言い伝えでどこから事実かもわからないけど、ノアの箱船の大昔から「今」まで、ちゃんとすべてが繋がっていて、あのあたりの地域の人々はすごく大きな時間の流れの中に(/を意識して)生きているんだなあと思いました。

日本はもしかしたら、第二次世界大戦あたりで「大きな時間の流れ」がブチっと切れてしまったんじゃないかな?と思いました。

戦後だけが現実の出来事で、それより前は物語のよう。
(戦中生きてた人や、戦後すぐ生まれた人はどんな感覚なんだろう)

大きな大きな時間の流れの中でなら、テロが起きるのも戦争が起きるのも不思議なことじゃない。
それらを非現実だと思うのは、ブチ切られた短い時間の中に生きてるからじゃないのかな?と思います。

本当に「大きな時間の流れ」の中では、今日本はアメリカの植民地(に近い)と言ってもいいんじゃないかと思いました。
自治はしているから植民地ではないけど、戦争に負けたから従わされるようになった。100年後の教科書にはそういうニュアンスで載りそう。
何も思わずに、洋服を着ている自分に一瞬ぞっとしました。(洋服はたぶん戦争に負けたから着てるわけじゃないけど)(まるですべての自由の中から、選んでこの服を着ていると思っていた)
私はそういう歴史の大きな流れの中の民族だったんだ。

本で読んだパレスチナ周辺の変遷は、流れにすごくはっきり因果関係があって、全部つながっていた。(一冊本読んだだけでまだわからないけど…)
日本の現代人(?)の多くは、「果」のほうの中にすっぽり入ってしまって、「因」のほうのことをすっかり忘れているのかもしれない。
「短い時間」の中で、平和に暮らしている。

自分の生活に一生懸命で、もっともっと大きな流れのことを忘れてしまっている。
(バイトの仕事中は世界の戦争のことなど忘れてしまう、自分)

自分の外側に、もっともっと大きな流れがあることを忘れないようにしたい。
長い歴史の中で生きている「民族」なんだっていうことをよく覚えておこう。

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インスタントカメラ

1年前くらいから、なるべく写真を「現像」するようにしている。

スマホで撮った写真は、スマホのアルバムの中にずっと入ってると、だんだん見飽きてありがたみがなくなってしまう。
自分がその写真を絵として覚えてきちゃって、写真見ても撮ったときのことを思い出せない感じ。

それがもったいないしすごく寂しいので、もとのスマホに入った画像はあんまり見ないようにして、現像してアルバム(本物の)にしまった写真をたまーに見ることにした。

あとは、スマホのカメラだといくらでも撮れるから、何枚もばんばん撮ったり撮り直したりして、それもまた一枚のありがたみがない。
一枚目がいまいちで、二枚目顔をキメて撮り直して、一枚目は消去したとして、キメた二枚目ばっかり残っていくのは、もしかしたら「いい写真」が全然残らないんじゃないか…?という気がしてきた。(顔は決まっていてもなんかこう、雰囲気が削がれているような…)
景色とかの写真を撮ったとき、もっと良く撮ろうと思って撮った二枚目はだいたい一枚目よりよくないのと同じかな?という気がする。

それもあって、この間は10年ぶり(というか自分でお金出して買ったのは多分はじめて)くらいにインスタントカメラを買ってみた。
970円くらいした。
やっぱインスタントカメラでしょ!現代にきっとインスタントカメラでディズニーシーで写真撮ってる人はいない、と思って嬉々としてディズニーシーに行ったけど、途中でフィルム?が切れちゃったみたいでシャッターが回らなくなって、結局4枚しか撮れなかった。そのあとはスマホで撮った……

そして今日、4枚の写真をやっと写真屋さんに受け取りに行った。
現像代が870円くらいして、スマホでいくらでもタダで撮れるやつをインスタントカメラ+現像で2000円弱か~と思いつつ、けどそのくらい高い方が、一枚を大事にできていいんじゃないかな!と少し開き直りましたとさ。

(カメラ屋さんにシャッター回らなくなっちゃったと言ったら新しいインスタントカメラをもらえました。)

おわりです。

ハーヴァード

夏休みが終わり、今日は大学の後期の説明会で、来週からまた授業が始まります。

久しぶりに学校に行ったらまたわくわくしてきた。

私の行っている学校はたぶんアメリカの大学みたいな感じで、入るのは簡単だったんだけど出る(単位とって卒業する)のが難しいみたいだ。

前に行ってた大学は授業出さえすれば、レポート書きさえすれば、テストもめちゃ悪くなければ単位が取れたけど、今は嘘みたいに難しい。(私の脳が衰えた?)

けどできなかったことをやることは面白くて、世界が広がるというか変わっていく。
知らないことがまだこんなにあったことも今まで知らなかった。

私はまじで困ったことに人との最低限の?交流もままならず、どのようにして社会の中で生きていけばいいのかまだまだわからない。

勉強することはあくまで私ひとりの中のできごとではあるけど、でも何か世界と関わる道が開けるような気がしているし、そうなったらいいなと思っています。

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お願いごと

イベント事には恨みがあり(ないけど)、ノリノリに参加できないたいぷですが、笹に願いごとを飾るのは好きだなあ~と思います。

ここ最近使い回している願いごとは「寿命を全うできますように…」で、今日もバイト先の笹に掲げるつもりでしたが、ばたばたしていて掲げられませんでした。

寿命を全うできますようにと切に願う。できれば家族まとめて。地震などに備えて、避難セットもめちゃくちゃ用意している。たまに見ると、我ながら「生きる気満々じゃん!!」と思って少しウケる。

ヘルメットと、非常用トイレと、水を運ぶ袋(リュックにできるタイプ)と、非常食と、
それとまた別に用意してる避難リュックには、携帯ラジオとか紙のお皿とフォークとか避難所ではくスリッパとかレジャーシートとか、災害ハンドブック的なのを見て買い揃えたいろんなグッズが…

全部買うのにたぶん2万円くらいした。低収入なのに…生きる気満々じゃん!!とウケるけど、そう思える自分のことがなかなか嬉しい。

熊本の地震があったとき、これはそのうちここらにも地震が来るぞ!と思って急いで買い揃えた。
明日でいいや明日でいいやと思って今日地震が来たら死ぬほど後悔すると思ったので急いで。
貧乏だけど、今月の資金が少し(けっこう)減ることより、地震が来た明日食べ物がいっぱいあるほうが大いに重要だった。

結局まだ地震は来ていなくて、一年経って賞味期限の切れ始めたお菓子やラーメンやパスタソースなどから食べ始めている。食べた分、また買い足さなきゃいけない。

地震にしろ、ほかの災害にしろ、人生の中で少なくとも一度は通り過ぎなきゃならないサバイバル・ゲームなんだと思うようにしている。すっっごい気が重くて、できればやりたくないけど、でも仕方なくどうしても通過しないといけないもの。
単なるイメージではあるが、徴兵制みたいなイメージ。
めちゃくちゃ気が重いけど、来てしまったらやらなきゃいけない。

なので、来てしまったとき少しでも楽できるように、気が重いのを軽くできるように、ちょっと高いポークビーンズ缶詰めとか、パイナップル缶詰めとか、アンパンマングミを買って非常食セットにする。
ヘルメット買ったときは、なんかこれで大丈夫だ!という気持ちになった。
これで死んだらもう私のせいじゃない。

自然には勝てないと言うが、というより私たち自体が自然の一部で、だから勝てないのが当然なんだと思います。
けれどそこをなんとか、抗ってみたい!と思って、しこしこと避難セットを準備するのでした。

「東京防災」という、一時期東京都で無料配布していた防災ハンドブック、今は配布は終わっちゃったみたいだけどいくつかの本屋さん(都外でも)で売ってて140円で買えました。売ってる本屋→ http://www.bousai.metro.tokyo.jp/smart/1002147/1002317/index.html
大ボリュームで中身も大変おもしろく、こんなに細かくレクチャーしてるんだからほんとに来るんだな!という感じ。逆に生きる気力がわいてくるのでおすすめです。

end

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23区guys

6月7日に、町田SDRでノニウスライブがあります。

実に1ヶ月ぶりのライブ。

今年度は大学にも入って、バイトもけっこう一生懸命やってて、あれ「わらじ」って3足履けないんだっけ?と思ったりもしましたが
(しかもなんと引っ越しもした)

がんばらなくてもがんばれるのはやっぱりライブ(音楽)だけだなあと思います。
(もちろんできればもっとがんばりたいけど)

忙しい日々の中で歌を歌うことを思う度、あれ私今何やってるんだろうと思うけど、私は生きながら音楽をやることに決めたのだ!と思う。

13歳のハローワーク』の「作家」の欄に、作家はどんな職業に就いても人生の最後に誰でもできるものなんだから、わざわざ目指さなくてもよい。というようなことが書いてあって、

私も音楽のことをそういう風に思っている。最後にやるんじゃなくて、やりながらやるんだけど。

音楽だけをやってる人がミュージシャンなんじゃなくて、仕事しながら音楽をやってる人のほうがミュージシャンと呼ぶにふさわしいような気もするよ。ライブをしていろんな人を見てきて思った。
仕事してるのに!音楽をやってしまうような。

音楽だけをやってる人のことはよく知らないのですが。

自分のことはまだまだミュージックしてるミュージシャンだなんて言えないので、まだまだがんばりたい。

ともかくあさって7日、ノニウスは町田SDRでライブします。
ノニウスは、いつか誰にもほっておかれないようなバンドになるんだ。(自信)

いつでもでっかくオープンしてますので、ぜひお出でくださいね。

しげの

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6月7日(水)
@町田SDR http://www.m-sdr.com/

出演:上兼堅/サカモトタカシ/NAUT/ハイクロニカ/ノニウス/NANONAME

OPEN 18:00 / START 18:30
予約.1200円 / 当日券.1500円
いずれも入場時要ドリンク代(500円)

ノニウスの出番はトリの21:35~

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